日本刀は古くからわが国が誇る鉄の文化財です。
四方山話24 若山泡沫先生の解説文
若山泡沫先生の解説文
(一)この鐔を観ていると、梅の花の香りが伝ってくるようである。
鐔の製作という技術に関してわれわれの知識は、それほど高いものではない。
彫技の巧拙について批評がましいことをいうのは、鑑定あるいは鑑賞という立場においてだけのことである。
だから梅花の匂いが伝ってくるようにできあがっているものが名品だと思っている。
(二)この鐔に初めて巡り会ってから、もう二十年余の歳月が過ぎていったが過去に別れた恋人に再会した時のような胸のときめきを感じる。
黒くしっとりした鉄味や鉄骨の立った力強い鉄肌を懐しく振返ってみた。
(三)見はたす限りの広大な野原の西に大きな月が没してゆく景色は、現代人には無縁のものとなってしまった。鐔に托して自然を懐しむ自分を姿に考え及ぶと、もう書く手を休めて感慨なきをえないものがある。
以上、(一)、(二)、(三)は鐔鑑賞事典よりの若山泡沫先生の解説文です。
実物は、写真で実寸で記載されているので、解説文との異和感はありませんが、私は写真よりも、若山先生の文章の方に気を取られ、文から写真に目移すことになってしまいました。
鐔の説明にはなっていませんが、それより美術品の鑑賞とはかく有るべしと、教えられている気がして、ここしばらくの間、常に身辺に置いてパラパラとページをめくり、若山先生の解説文ばかり読んでいます。
教科書を開き、色々と記憶し、研究を重ねていくことは、刀や刀装具の勉強に欠かせぬことは云うまでもないことですが、それ以上に、いやその前にかくのごとき心情を感覚を身につけることですよと、若山先生に教えられているように思うのです。
難しいことです。けれども、この教えは忘れることのないようにして、一本の刀、一枚の鐔に対さねばと気を引きしめています。
ちなみに(一)、(二)、(三)の作品名と、作者を記しておきます。
(一)歳寒二雅図鐔
後藤一乗(凸凹山人 伯応作)
(二)無銘 全山、梯文透し鐔
(三)武蔵野図鐔
理忠七佐衛門、橘重義作
でした。