日本刀は古くからわが国が誇る鉄の文化財です。

四方山話12 黒書院の六兵衛終る

2013年04月19日 更新

日本経済新聞、朝刊の浅田次郎さん作 黒書院の六兵衛が終った。(330回、4月17日)
最近は小説を読まないのに、330回欠かさず読んだ。
多才な登場人物と狂言回し役の加倉井隼人の妙に興はつきず、一年間楽しませてもらった。

四方山話11で、肥前国忠吉と丹波守吉道、次にもう一本刀が出て来た時に、六兵衛が何事か話し、大団円を迎えると勝手に予想したが、刀は出て来なかったが、六兵衛は話した。

取りすがる隼人に対してである。

「世話をかけ申した」「物言えばきりがない、しからば、体に物を言わせるのみ」
この二言のみである。

目を細め、唇を引いて実に莞爾として笑い、江戸城を後にする。

加倉井隼人は最後の最後で報われる。

末期の瞼に映るのはこの母なる国の風景にちがいないとまで思う。私は浅田さんの優しさに感謝する。さんざん使い回した狂言回し役の加倉井隼人に最終回で主役をまっとうさせた。六兵衛が主役ではない、この小説は加倉井隼人主役であるとは前にも書いたが、毎日登場する隼人のうろたえる様は可愛いそうであったが、全てはこの日のためにあったのである。

度々登場した西郷隆盛、勝海舟の役回りはなんだったのだろう。
326回目の西郷の言葉が印象深い。

「我々はこれからどうすればよいのだ」
倒幕側の最高位にある西郷のこの言葉に彼の役回りが予見できる。

倒幕に成功したとは云え、徳川三百年の重さに気の滅入る思いがしたのであろう。
十年後の西郷を私達は知っているので、同情してしまう。

薩摩武士とは云え西郷は江戸三百年の幕藩体制の中の一人であり、倒した時代とその先の時代に責任を持つ身であれば六兵衛の十ヶ月の勤仕にその重みを感じ、途方にくれる思いがしたのであろう。

その点、勝海舟は気楽なものである。彼には何等責任がないばかりか、その目線は江戸幕藩体制はおろか、武家社会そのものを通りこして、日本と言う国家の成立にあり、その役回りにも何等手を貸すことも無く、御役ごめん 生きていけばいいのであるから。

さて、六兵衛は二重橋を渡り、伴連れの待つ広場に降り、肥前国忠吉初代の大小を腰に江戸の夕景の中に消えていった。

私は肥前刀びいきなので、六兵衛には初代忠吉がぴったりだと思ってしまう。

慶長新刀と幕末最後の武士の勤仕を終えた六兵衛。
姿も刀も目にみえるようである。