日本刀は古くからわが国が誇る鉄の文化財です。

四方山話22 三流の楽しみ

2014年05月29日 更新

錆だらけの鐔が一枚、町内の御隠居さんから届いた。刀が好きと聞いていたので、私にやるとのことであった。

好意は喜んで受けなくてはいけないが、正直、迷惑な好意も世の中には有って、口に出せない苦しさにオロオロすることも有るのです。しかしその時の私は何が元なのか解らないけれど、この錆だらけの鐔に挑戦してやろうと思った。

つまり錆を落し、龍なのか、竜の落し子なのか、見極めてやろうとしたのです。

歯ブラシを用意して、散々こすってみたが、文字どうり歯が立たない。
粉洗剤を薄く溶き、一日その中に沈めてみたが、全く見込みがない。

何等かの方法が無い物かと思案していて、昔々何かの本か、人から聞いたのか、鹿の角で磨くと思いついた。

我家には、鹿の頭骨が二ツ有る。近頃はチョット深い自然林の山には鹿が多い。
九州中部の山岳の谷に入っていた頃、谷中の滝の下でひらって来た物である。

さっそく、角をノコで切り、表面を砥石で研いで錆落しに使ってみた。

実に効果的で時間は掛るが鐔本体はいためず、錆は落ちてゆく、竜の落し子ではなく、愛嬌のある龍の顔がはっきりしてきて、作業に力が入った。

右手の人差し指が痛むのがつらかったが、仕事のはかどりに気分はよく、家人や子供達の笑い顔も気に掛らず、一心不乱とはこの事かと自分で思う程、熱を入れた。

この鐔は肉合彫で作業はやり安かったのが幸いした。

鐔の大部分を落し終わったところ、龍の目玉は金象嵌してあり、最後の仕上げと鹿のなめし皮で表面をていねいにぬぐってみると、画龍点晴、両目が開いたのです。

又彫の余白の部分は初め錆のかたまりとしか思っていなかったのに、そこには桜の花の模様の槌目が打たれ、面に変化がつけられている。

鹿の皮のせいだろう、白っぽかった地色もしっとりと濡れたような深い色合いになった。

作業終了後、鐔箱を手に入れ納めてみるとナカナカの物に見えた。

「アラ、終わったの。ご苦労様」

言葉に何か気になるところがあった。

「ところで、その鐔、いくら位で売れるの」