日本刀は古くからわが国が誇る鉄の文化財です。

ホームページ再開/鑑定会報告

2017年05月08日 更新

「ホームページ再開」
昨年六月より一年間ホームページを休みました。
理由はともかく再開致します。
博多支部の活動を中心に諸々の刀剣情報や刀剣談義を幅広く取り上げ、ページを創っていきます。
私以外の支部員からの原稿を積極的に集め、厚い内容のものにしたいと思っております。
まずは、再会のごあいさつでした。 (米田記)

 


 

「平成29年度総会と鑑定研修会報告」
平成29年度の総会と研修会を4月9日(日)に、福岡市藤崎の早良市民センターにて開催しました。
鑑定刀は古刀二振り、新刀三振り、他に横谷宗珉の門人にて久留米藩有馬家の抱え工の桂永寿の見事な鍔、縁頭、目貫の五点が展示されました。
鑑定刀はすべて在銘で、時代、流派の確定の研修に適した健全な逸品でした。

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1号 刀 銘 肥前国住武蔵大掾藤原忠廣 長さ、身幅、反りの調和良く、重ねがあるのに軽く感じる。
地鉄は小杢目詰み、地沸つく。刃文は直刃主調に小丁子、小互目、足入り小沸よく付く。帽子は少しのたれてかえる。

2号 刀 銘 肥前国河内守藤原正広 身幅広く元先の幅差も目立たない。大切先にて豪壮な体配。
小杢目良く詰み、地沸つき。大のたれに互の目、焼き刃の谷に沸よくつき、大粒の沸が地にこぼれる。
帽子は焼きが刃先に沿うた典型的な肥前帽子。

3号 刀 銘 一 肥前国出羽守行廣 鎬造、身幅ほぼ尋常、元先の幅差少なく、中切先やや伸びる。
地鉄肌目が立ち、地沸ついて黒みがかる。刃文、大丁子、互の目、角ばる刃の頭の左右が張る刃焼刃の谷に沸よくつき砂流し多く、帽子はフクラに平行に小丸に、典型的な肥前帽子。

4号 脇指 銘 備州長船祐定作 享禄三年二月 日 鎬造、身幅やや細く、元先の差あり、反りあり、中切先、地肌、詰む。刃文、腰開きの互の目、未備前の典型的な刃文。

5号 短刀 銘 兼舛 平造の寸延び短刀。身幅やや広く、先反りが目立つ。地鉄、大板目が目立つ、刃文、大互の目、矢筈刃、兼房乱れ刃の見本のごとき刃。

 

1号と2、3号は肥前忠吉本家と脇肥前刀の差を観る極めて有効な刀でした。茎の錆色も綺麗で、全て太刀銘に鏨の打ち込の強い銘の貴重で優秀な刀でした。
4号の脇指は一寸程区送り刷り上げてあるのと、俗銘入りでないのが惜しまれるが、高い技量が見てとれる刀でした。
5号は刃文から関と観てとれるが、肌目に柾目がみえず、刃文が表裏で同じ等、村正系の刀工との関係を感じさせる一口でした。(武富記)

 


 

「桂永寿。八龍駿馬図鐔の仕掛」

 

<桂永寿(花押) 八龍駿馬図鐔>
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四月九日の博多支部総会後の鑑定会に桂永寿の縁頭四点と鐔一点を展示した。
地元久留米藩、有馬家の抱え工で、横谷派宗珉の門人なので、支部員に興味を持つ人が多いだろうと思っていた。

縁頭は蝙蝠、群馬、一匹馬、横谷獅子(片切彫)と宗珉得意の図ばかりで、片切彫横谷獅子(四分一)以外は赤銅、魚子地で金色絵、高彫と派手な品で、ずいぶん興味を引いていた。

 

堅丸形、素銅磨地、片切彫の鐔は地味で目立たない存在であった。

ところが支邦3000年の昔、周王の愛馬八頭の故事を画題にしたこの鐔には桂永寿の仕掛けが隠されていた。
汚れを拭きとっていた時偶然発見したのだが、俄に信じられなくて、八頭の馬全部を何度となく確認して桂永寿が自分の意志で仕掛けたのに間違いないと確信した。

 

・鐔をテーブルの上に置いて、光源を真上にとる。
・手前から45度位の角度で小さなルーペで馬を拡大してみる。
・ルーペの角度を変えながら眺めていると、ある条件(角度のこと)で素銅磨地から馬の描線、立髪、尻尾、ひずめ、目玉が飛び出して三次元の世界になる。

片切彫だけの状態でも永寿の力量には頭の下がる思いがしていたが、三次元の馬の動きは半端ではなく、風が吹き、尻尾がそよぎ、いななく声えさえ聞えそうであった。
何の為に、そしてどうしたらこのように見えるのか、もちろん私には解らない。他にもこの様な例が有るのかどうかも知らない。

 

横谷派の作品を手持ちの本で捜していたら、横谷派四代宗与の作品に八龍駿馬の図鐔(赤銅魚子仕立、高彫色絵(目玉金))の鐔が載っていた。
桂永寿は宗与の下地士として働いていたらしい。
彼は宗与の駿馬図鐔を知っていて、片切彫の馬達を何等かの方法で三次元の世界に遊ばせたのではないかと思うことにしている。
永寿の仕掛けはまだ別に有ったけれど、それは内密にしておく、私だけの楽しみにしばらくはしておきたいので。